押井守監督作品

第２次アニメブーム全盛期、高橋留美子原作のドタバタ学園マンガ「うる星やつら」がＴＶアニメ化され、トラ革のビキニを身にまとった美少女がうだつの上がらぬ三枚目の家へ転がり込んで居候という状況設定がアニメおたくの心を鷲掴みにして絶大なる人気を誇る。それに乗じて数本の劇場用作品が制作されたんだけど、その２作目にあたる「ビューティフル・ドリーマー」って作品が今でも語り草になるほどの異色作で、言ってみれば基本設定のみを継承しつつ作られた全くの別物だった。

これを監督したのが、その後独自のスタイルを確立させて世界的にも高い評価を得るジャパニメーションの奇才押井守。実を言うとこの人は１作目の劇場用作品も監督してるんだけど、そちらは別に異色作という程の代物では無く、まあ当たり障りのない内容だった。それが２作目でいきなり弾けたのは、やはりあの状況下だからこそって側面が大きかったんじゃないかな？　「ダグラム」の項目でも同じ事を書いたけど客が入ればなんでもありみたいな雰囲気が当時は渦巻いてたからね。

なにしろ当時「うる星やつら」と言えば業界のドル箱だったし、決して良質とは言えないシナリオでも視聴率だけはガンガン稼げてたので、これの劇場用作品なら内容がどうあれ大ヒットは約束されてるみたいな物だった。そりゃ最低限のクオリティが維持されてなければ客にそっぽ向かれるのでツボだけはしっかり押さえつつ好きな事やっちゃえ！的なノリで作られた作品って気がする。

だからこの作品の解釈って見事に２つへ分かれる。賛否両論じゃなく「うる星やつら２」として捉えた解釈と「押井守監督作品」として捉えた解釈に。前者は相も変わらず登場人物の動向にばかり着目して作品そのものをほとんど観てない。

で、面白かったのは当時の雑誌に掲載されてた押井守氏のインタビュー。「『ビューティフル・ドリーマー』を作った時は多くのアニメファンから手紙を貰ったんだけど、そのうち９割が『何故ラストでラムとあたるにキスをさせなかったのか？』といった内容だった。残る１割の中にアニメファンではない普通の主婦がくれた『意味はよく分からなかったけど面白かったです』みたいな内容の手紙が含まれてて、ああ、こういう人のために今後もアニメを作り続けようと思った」っていうの。

その普通の主婦の為に作った訳じゃないんだろうけど「ビューティフル〜」の数年後、押井氏は「天使のたまご」というOVAを制作。これはもう正に押井ワールド全開でATGの鈴木清順作品を彷彿とさせる前衛的な作品。押井守の世界観はこの１本によって確立されたと言ってもいいんじゃないかな？

あたし自身が押井守作品の何処に一番惹かれたかと言えば空気感ですね。動く絵という表現媒体の特徴や、２次元である事の利点を最大限に活かして独特な空気感を生み出していく。窓に写り込む風景の処理や、背景と人物を切り離したオプチカル処理によるズーミング効果、スローモーション、音響効果、それら全てを融合しつつ形成された劇場のスクリーンに向かう観客、あるいはブラウン管を見つめる視聴者の体温をも下げてしまう程に張り詰めた空気感。これはまさしく押井守作品独特の物だと思う。

分かり易い例を挙げると「機動警察パトレイバー２」の船上から見たベイエリアを緩やかに映し出す光景に合わせ竹中直人の長い独白が語られるシーンや、「攻殻機動隊」の水没した香港市街をゆっくりとうねるように水上バスが移動するシーン。あの空気感は実写では絶対に表現不可能でしょう。正にアニメーションならでは、アニメーションにしか出来ない表現をこの奇才は徹底的に追及し見事に具体化してみせてる。

ただ、この人の作品はどれも題材がかなり難解な上、情報量も膨大なので残念ながら一般ウケはしないと思う。あたし自身は絶対的な押井守作品支持派だけど、これが誰にでもお薦め出来る内容なのかと問われればやはり否としか答えようがない。そういった点でも鈴木清順やデビッド・リンチといった映画作家と同一線上に語られる運命にある、良い意味でも悪い意味でもカルト的な映像作家なんだな。

とは言え、ビルボードチャートのビデオセールス部門では「攻殻機動隊」が堂々のNo.1を獲得してるし、この人の支持派ってあたしが思ってる以上に数多く存在するみたいね。だからここでは単純明快な作品に飽き足らなくなった貴兄には絶対の自信を持ってお薦め出来るアニメーション作家という言い方をしておきましょう。

ちなみにこの人は実写映画も数本撮ってますね。あたしが観たのは実写処女作の「紅い眼鏡」だけなんだけど、これは残念ながら目を覆いたくなるほどの大失敗作だった。はやり天は二物を与えないか、と思ったけどポーランドで撮影された最新作の「アヴァロン」はかなり良い評判が耳に届いてますな。これは機会あれば観たいと思ってるんだけど、時間の折り合いやら精神的余裕の折り合いが付かず未だ保留状態になってます。

戻る

メニューへ戻る