リラの門 監督：ルネ・クレール 1957年製作フランス映画 |
| 貴方がもし一人の女性へ密かな想いを寄せていたとして、その女性から聞かされて一番ショックな言葉とはどんな台詞だろうか。この映画の主人公、ロクデナシで呑んだくれのブ男ジュジュは、その昔から想いを寄せていた酒場の娘マリアからこんな言葉を聞かされる。 貴方のことしか頭にない、と彼に伝えて 正にブロークン・マイ・ハート。これほど胸に突き刺さる言葉も他に無い。 ジュジュはひょんな巡り合わせから世間を騒がす２枚目の殺人犯ピエールを地下室へかくまう。警察へ突き出す事も出来る筈なのに、何時の日からかジュジュとピエールの間には友情にも近い感情が芽生え、２人は実に奇妙な共同生活を送る事になる。それは同居人である友人の「芸術家」とジュジュとピエールの３人だけの秘密。決して人に言ってはいけないのに、ちょっとした気まぐれからジュジュはその事実を酒場の娘マリアへ打ち明けてしまう。 そしてマリアはピエールと出会い、恋に落ちて、この台詞をジュジュへと投げかける。全ては身から出たサビ。ピエールの存在さえマリアに伝えなければこんな台詞を聞かされる事も無く、いつまでも幸せな日々を送れたかも知れないのに。ジュジュは自分の行った過ち故に絶望の淵に立たされ、映画は主人公の心情そのままに絶望的な形で幕を閉じる。 この映画の監督ルネ・クレールはチャールズ・チャップリンと並び称される人情喜劇の巨匠で、人を笑わせる事をひたすら追及し、観る物の涙を絞る安っぽい悲劇的なメロドラマを徹底的に忌み嫌った。 しかしながら「リラの門」は間違いなく悲劇。が、涙は出ない。代わりに観客の心の真ん中へ重い鉛のようなしこりを残す。泣く事を許されない悲劇。喜劇の巨匠が晩年に撮り上げた本作こそがルネ・クレールの指し示す本物の悲劇なのだと言っても過言では無い。 ありきたりなメロドラマに飽き足らなくなった貴兄には是非、一度本作に触れてみる事をお薦めする。但し、この映画に触れた後、向こう１週間立ち直れなくなる事だけは覚悟しておいた方が良い。 |